里子体験発表
みなさんこんにちは、シダーといいます。 今日は里子の時の体験発表をさせていただける事に感謝いたします。 現在私は19歳で学生をしながら一人暮らしをしています。 ここまで来るのに困難はありましたがその度に里親家族が今でも助けてくれています。 ではまず里子になるまでのお話からします。
<里子になるまで>
私は物心ついた時には既に施設で暮らしていました。施設の仲間達と過ごす日々はとても楽しかったです。 のびのびと過ごすこともできましたし、また、しっかり信頼できる大人や先生がいたので、少し荒れていた時期もありましたが、守られ過ごす事ができました。 少し大きくなり小学生になると他の友達と比べる自分がいました。なぜみんなの様に両親が運動会や授業参観にこないのか、 またみんなが家に帰って行く姿や、家の鍵を持っていること、習い事をしていること、ペットを飼っている事、自転車を自由に乗れる事、 色んな事が不思議に思っていきました。でも施設は施設で整っていたため、安心して過ごす事が出来ました。私は生まれた時から施設いたため、 施設への抵抗はありませんでしたが、ある程度大きくなってから施設へ行ったとしたらその方が施設への抵抗はあるのかもしれないと私は思います。  もう一つ施設の特徴としては、職員がすぐに変わってしまう事です。それは児童相談所の職員も同じですぐに変わってしまう事は幼いとき悲しかったのを覚えています。 今でも会いたい先生がいます。大きくなるまで信頼していた先生と過ごせないことはとても辛かったです。誰をどれくらい信頼して良いのかというのは本当に難しい事のように思います。
<出会い>
そして小学校二年生の時A(今の里親)さんに出会いました。 理由はわかりませんが交流をすることになりました。里親いわく中学生くらいの子供を育てたいと申請していたらしいのですが、なぜか私の書類が届いたみたいです。 そして、Aさんとの交流が月1回で半年程続きました。私はとても人見知りをしたのを覚えています。普段私と同じような子供と話す機会が多かったのですが、 その家には20代の大人しかいませんでした。どんな人かわからない、怖そう。色んな思いがあったのを覚えています。里親は私が本当に人見知りで困ったみたいです。 しかし一緒に過ごすうちに自然と馴染む事ができました。スーパーへのお買い物、犬の散歩、自転車を自由にのれる、 今では当たり前のこと一つ一つの事が新しい体験で嬉しかったのを覚えています。そして話は進み、交流期間から里子として一緒に暮らすことになりました。 その時にはもう抵抗や恥ずかしさはなく喜んでいくことができました。一緒にくらしていく中で家族として暮らす事がどういうことなのか教えられました。 時間を守る、一緒に食事をする、など家庭のルールがある事を教えられました。私たちが共に守らなければならない事であり、それを守ることで徐々に近い関係になっていった様に思います。
<人は人、自分は自分>
なんども言われ覚えている言葉は、「うちはうちよそはよそよ!」です。私はよく友達と比べていたため、あの子はあんなもの買ってもらっているよ。 あのこの門限は何時だから私もそうしてなど色んな要求をしてしまったのを覚えています。しかしそのたび里母は「うちはうちよそはよそ」と言いました。 当時はその言葉が理解できませんでしたが、今ではその言葉が安心へと変わっています。自分のなかで「人は人、自分は自分」と言い聞かせ生きていく事ができています。 人はそれぞれ違いますし、家庭も様々違います。私は小学生の時自分が里子ということをとても隠したかった。 また、里母の年齢が他のお母さん達とあまりにも違っていたので説明するのも嫌でしたし、なんて惨めな子だろうと思われたくないと思っていました。 そのため二人には学校にこないでと言ったこともありました。本当に今思うとなんて最低な子供だと思います。でも決して両親が嫌いだった訳ではありませんし、 両親からの愛も感じていました。こんな私を愛してくれて時には怒ってくれて本当の子供の様に育ててくれました。だから今こうして体験発表ができてまた明るく生きていけています。 また里親というのに不自然さを感じている自分がいます。それは今私のお父さん、お母さんは二人だと思っているからです。そのため、今からは二人を両親と呼ばせて頂きます。
<私の家族>
現在、家庭が複雑な子供、親がいない子共はたくさんいます。里子にでたとしても上手くいかないケースも聞いたことがあります。 私が思うに傷ついた子供が自ら誰かを愛するのは難しいと思います。愛をもらっていないので、どう人を愛したらよいかわからない。だから私も両親をたくさん傷つけましたし、 最初は愛するなんて事もできませんでした。むしろ抵抗していました。しかし両親は本当に時間をかけて私と向き合ってくれて忍耐と自制をもって愛を示してくれました。 私の人生がよりよい方向になる事をいつも考えてくれました。例えば帰る場所に温かいご飯があるのもそうですし、両親も色んな事を私に話してくれました。両親の出会いの話、 お母さんの失敗談、数え切れないほどどうでもいい話もしました。自分の意見を押し付ける一方的なコミュニケーションではなく私の意見も聞いてくれたので私も自分の思っている事や感じた事、 その日の出来事を毎日話し、自然と自分のことをよく知ってくれる存在へと変わりました。自分がその家族に存在していることを確信できました。 また親と子供という関係を知ることができたと思っています。親としていつも私の道を一歩リードしてくれました。だから私も新しく来た里子達を歓迎することが出来ます。 そして私の様に愛された子供が誰かを愛して、その結果私の家族は養子もいれると12兄弟です。みんな血は繋がっていませんが、みんなお互いに愛され愛したことによって輪ができました。 この兄弟で年に二回ほど家族旅行をします。夏は熱海や伊豆へ海やキャンプ、冬は軽井沢でスキーをしたりします。これも施設では味わえなかったことの一つなのでとても嬉しいです。
<里子について>
この私の短い里子の11年で私のあとに一時的にきた子供も合わせると11人来ました。 その子供たちと過ごし子供ながらに思う事は皆問題があり傷がありました。それはあたりまえです。ちゃんと愛された実感と愛した事もなく、 信頼できる人が特定していなかったからだと私は思います。少なくとも私はそうでした。生きる上で愛し合い支えあって生きていく事は血が繋がっていなくてもできることだと実感しています。 高校生まで他の人と違い家族構成がおかしいことを必死に隠していました。しかし私はやっと今オープンに自分の本来の姿を言うことができます。 それは「うちはうちよそはよそ」という言葉です。世界には色んな人がいます。みんな違うのが当たり前です。家庭もそれぞれ違います。 でもその中で問題と向き合って支えあって生きて行く事が大切だと私は学びました。それは例え血が繋がっていない関係でもできるということです。 今の社会は人と比べる社会の様に思います。人にどう思われているかが気になる社会です。でもこの言葉で私は私の人生だから私は私なりに家族や友達を愛して生きていこうと思いました。 生まれてすぐ施設に入り一見不幸な子供と思う方もいると思いますが今はとても感謝しています。辛い事があったから友達の痛みを理解する事ができ、新しくきた里子の痛みも理解でき、 少しでも私が力になれたらと思うことができます。それは愛される確信をもつほど幸せな事はないと思っているからです。もちろん兄弟として育った里子達とはたくさん喧嘩もしました。 悪い言葉もたくさんかけました。殴ったこともありました。泣かされたことも泣かせてしまった事もありました。しかしこれも今では自分を成長させてくれた大切な出来事だったと思います。 本音でぶつかり合う兄弟ができて、血は繋がっていないけど与えられた家族や友達出会った人たちを血が繋がっていないからこそ大切にしたいと思うことができましたので 今は全てに感謝できるようになりました
<これから>
そして今私は留学準備をしています。将来は英語をみにつけ海外でも働くことができる人になりたいです。 多くの国へ行っても自分の人生や里子だった事を隠さずオープンに生きていこうと思います。またこの一度は辛かった過去を活かし、 両親からもらった愛をまだ愛されたことのない人に伝えていきたいです。例え家族でなくても人を思える人になりたいです。両親はいつも周りの人、 出会った人の幸せを心から願っている人です。証明できる事は自分が産んだ子供でない子供達を五人立派な大人に育てました。 また18歳で自立した私と弟もそうです。これからたくさんの困難とぶつかるかもしれませんが、頼る人がいる事、前向きに生きていきたいという気持ちを与えてくれましたし、 家族以外にも愛する人達がいます。だから大丈夫と確信できます。愛されている確信があるほど子供にとって嬉しいことはありません。 私には産んでくれた母と育ての母がいてとても幸せです。また父を知らなかった私には大好きな父が与えられました本当に奇跡です。 兄弟のいない私に兄弟が与えられ、従妹も与えられ、姪までもできました。本当に感謝でいっぱいです。父と母が子供を愛した事によってこんなに素晴らしい家族ができました。 私も両親の様に愛のある人になりたいです。もちろん私は完璧で高学歴な人間ではないですし親の期待に応えられていない子供かもしれませんが、親は私にそういうものを求めませんでした、 明るく一生懸命前にある事をやってほしい、また父と母の言うことを絶対聞くようにと教えられました。それを言うには親として、かなりのリスクはあると思いますが、いつも私の見方であり、 良い事と悪い事をはっきりと教えてくれました。一番教えられたのは両親二人とも自分の弱さをさらけだしてくれた事です。弱さや欠点をお互い知っている、 また知られている、それを認め合っているからこそ共に生きていく事ができます。 今の私の目標は自分の弱さをさらけだすことです。私はなるべく人に迷惑をかけたくない、恥だと思われたくないと思っています。しかし信頼関係を築くにはお互いの弱さを知る事 をこの19年で学びました。いつか働くことになったらそんな事言ってはいられない状況に陥るかもしれませんが、家族になるなら自分の弱さを理解し、 お互い認め合ってカバーしていく事が大切かもしれません。それを一人でも多くの人と認め合えたらどんなに幸せだろうと思います。だからもっと里親になってくれる人が増え、 生きる上で信頼関係を築いていって欲しいと心から願っています。 また私が思うに、18歳はまだ子供です。もう大人の扱いをされるのかもしれませんが、施設あがりの人は特に、親の様に一番信頼できる今後も繋がる確信がある人がいなければ、 いくら自分のために施設の方々が動いてくれていたとしても、それは辛い期間だと思います。だから施設あがりで自立をするのは難しいと私は思います。私がその状況なら、 誰に信頼したら良いかわからなくなると思います。私には信頼できる人がそばにいたため、だから小さいうちに、 自立する前に信頼し合える人が一人でもいるだけで人生は大きく変わると思います。自立をする際、家族がいて帰る家がある事は安心でしかありません。
<伝えたい事>
子どもにとって親がいるほど嬉しいことはありません。だから里親になりたい方がいらっしゃるなら是非なっていただきたいです。 例え血が繋がっていないという点でつまずく事があっても乗り越える事ができれば、その子供にとっても親にとっても乗り越えたことが自信に変わります。 私は本当の親に育てて貰えなかった事を隠したいと思っていたのですが、二人は共に乗り越えてくれました。今では血のつながりがないのに家族になれた事をみんなに自慢したいほどです。 だから今この様にみなさまに体験発表ができています 日本にはまた、世界には愛に飢えている子供は沢山います。全ての大人が子供を大切にする義務があると私は思っています。親のいない子どもが少しでも減ること、 全ての子供にとって家族や心から信頼し合える人と出会えることを心から願っています。だからもっと大人が子供を守って欲しいです。 今日は里子だった事から体験談や感じた事を話すことができて心より感謝しています。この事を通して里子への理解と問題や課題を一人でも多くの人に知って頂けたら嬉しいです。 ありがとうございました。